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寅さんの故郷・葛飾柴又へ〜寅さん記念館、山田洋次ミュージアム他〜

寅さんの故郷・葛飾柴又へ

夫が大好きな映画に『男はつらいよ』シリーズがあります。『男はつらいよ』と言えば渥美清さん演じる主人公の寅さんと、その下町情緒溢れる街並みが魅力。

今回は、以前から行ってみたいと言っていた寅さんの故郷・葛飾柴又に行ってきました。

山の手線「日暮里駅」で京成線に乗り換え、「京成高砂駅」で京成金町線に乗り、二つ目の駅が目的地の「柴又駅」です。

京成高砂駅からは改札を経由し、五番ホームから金町線に入ります。

一度改札を出るということは鉄道会社が違うのかなと思いましたが、そうではなく金町線も京成線の一部とのこと。混雑を避けるためでしょうか、改札の横には「金町線乗り換えは30分以内に」という但し書きがあります。

京成金町線は、三両編成でわずか三駅。高砂駅から柴又駅まではひと駅で、このひと駅のために20分近く待ち時間がありました。

葛飾柴又京成金町線ホーム

金町線は都内にありながら単線らしく、どことなく地方のローカル線の雰囲気があります。昭和の面影漂う寅さんの故郷の街に誘うのにはぴったりの電車かもしれません。

日曜日だからか、電車は待ち時間のあいだに随分混み始めました。周りを見渡すと、ほとんどが年配者で、私たちと同じくらいの年代の夫婦連れが多く、寅さん目当ての観光客のようです。

出発すると、五分ほどで柴又駅に着きました。予想通り乗客のほとんどが柴又駅で降りたため、ホームは混雑していて線路を渡って反対側の出口に行くまで少し時間がかかりました。

柴又駅周辺、帝釈天参道

柴又駅京成金町線 柴又駅

柴又駅は、駅名も寅さんの雰囲気を醸し出すような味わいのある字体で書かれています。

駅を出ると、なにやら人だかり。よく見ると寅さんの銅像を囲んで観光客が順番に写真撮影をしていました。

ひと通り撮影が終わるのを見計らって、私も写真を撮りました。

柴又駅 寅さん寅さんの銅像

寅さんの銅像は、大きなトランクを片手に、これからまた旅に出ようとしているところです。しかし、視線は駅の方には向いておらず、後ろを振り返っているように見えます。その寅さんの視線の先にはお兄ちゃんを心配そうに見送る妹のさくらの銅像がありました。

柴又駅 寅さんさくらの銅像

駅前のこの二人を見ただけで、もうすでに『男はつらいよ』の世界に入り込んだしまったようで、寅さんはもしかしたら実在したんじゃないかと思えてくるから不思議です。

同時にこの土地の人々が寅さんを慕うファンまで大切にしているような気がして温かいものがこみ上げてきました。

それにしても、日曜日の昼近く、駅前から始まった雑踏は右手に見えてくる商店街までずっと続いています。

道路の両側にはお好み焼きや焼き鳥など食べ歩きできる露店が並び、奥の道路脇には名物の草だんごやおせんべい、漬物屋さんなどが軒を連ねています。

葛飾柴又帝釈天参道

ここは、帝釈天(正式には題経寺)の参道です。新年でもありお参りする人も多く、参道は多くの人でごった返していました。

お店の風情はどこか懐かしいレトロな建物です。どこもたいてい創業100年以上という老舗。柴又が門前町として長く栄えてきた証です。

どこからか香ばしい匂いが漂ってきました。鰻屋さんです。参道には美味しい鰻と評判の川魚のお店が何軒かあるようです。

なぜでしょう、成田山もそうですが寺の参道には必ずといっていいほど鰻屋さんがあります。お昼時なので、その匂いに誘われてか大勢の人が並んでいました。

そのほかにも「とらや」さんや「高木屋老舗」さんなど有名なだんご屋さんが何軒かあり、そちらもかなりの混雑。深緑色をした蓬のおだんごに、とろりとしたつぶ餡がたくさんのっていて見ただけで食欲がそそられます。

また、玉こんにゃくや、芋ようかんを焼いたのをを売っているお店もあり、どこも混み合っていなかったら買って食べ歩きしたいところです。

しかし、食事ができるようなお店はどこも長い行列。その行列の長さに気後れして、食事はもう少し後にすることにしました。

そのうちに“トントントン”と調子の良い音が聞こえてきました。飴切りの実演販売をしている松屋総本店というお店です。

飴きり音頭と言われる調子の良いこの音頭は、「日本の音百選」にも選ばれているとのこと。小気味よい音とともに飴を切る作業はまさに芸の域で思わず見入ってしまいました。

この飴きり音頭は日曜日や祝日しか実演しないそうなので、混雑はしていてもこれが見られただけでもラッキーでした。

葛飾柴又 帝釈天経栄山題経寺(帝釈天)

参道の正面が、帝釈天と呼ばれる題経寺です。

寅さんが「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い ── 」と自己紹介をする、あの帝釈天か、ここで産湯を使ったんだね、とまたもや寅さんが実在したかのように錯覚します。

お寺の中もお参りの人でごった返していたので、残念ながら先に進みました。

山本亭

山本亭山本亭 門

参道を抜けると人混みは随分と減りました。しばらく住宅街を歩くと今日の見学場所のひとつ「山本亭」が見えてきます。

ここは寅さんとは直接関係なく、大正時代末期に建てられた近代和風建築の邸宅です。

カメラ部品メーカー山本工場の創立者・故山本栄之助氏の邸宅で、現在は葛飾区が維持管理。東京都の歴史的建造物に選ばれ、葛飾区の登録有形文化財にも指定されています。

入り口の門は武家屋敷のような立派な門。門をくぐると、目の前には大きな松の木。かつてお客さんはこの松の木の奥の旧玄関から右手の洋間に通されたようです。

旧玄関前の松の木

しかし、今は庭を半周して裏側が玄関と受付になっています。私たちは受付で「山本亭」と「寅さん記念館」「山田洋次ミュージアム」のセット券を購入することに。

また、「山本亭」は和風喫茶にもなっていて庭園を眺めながらお茶やコーヒーも頂けるようなので、ここでひと息つくことにしました。

建物のなかからお正月にふさわしい琴の演奏が聞こえてきます。初めはBGMかと思ったのですが、どうやら奥の座敷で生の演奏会をしているようです。

玄関に飾られたお花やお琴の生演奏に、雑踏から離れて心がすっと落ち着きました。

廊下を進むと、武家屋敷にあるような見事な襖絵や旧玄関に家主が使ったと思われる人力車などが展示され、当時の富裕層の生活の一端が垣間見えます。

襖絵 花菖蒲

人力車

また、先ほど外から眺めた洋間は、お客さんのために用意された「鳳凰の間」といわれている客間。ソファやテーブルなど、豪華な飾りが目を引きます。立ち入り禁止でしたが撮影はできました。

鳳凰の間

和室とは別に洋室の客間というのは、規模こそ違えども昭和になってからもよく見かけた建築様式です。今は家の人も一緒におもてなしをするLDKとして客間を作る家が多いですが、とても懐かしい感じがしました。

家の大半は畳敷の和室。庭に面した和室が何部屋も通しで続き、それぞれに座卓が並べてあります。どうやらこの和室がそのまま喫茶室になっているようです。嬉しいことに正座が苦手な人のために、低い椅子も用意されていました。

庭園を眺められる和室

先ほど受付で購入した喫茶券をもとに好きな席で待っていると運んできてくれる仕組みのようです。夫は白玉入りぜんざいと煎茶を、私は抹茶と和菓子を注文しました。

庭を囲むように広縁がめぐらされ、欄間までガラスが入っているので開放感があってどの部屋からも手入れの行き届いた和風庭園が眺められます。ガラス戸越しに冬の柔らかな日差しが家の中まで心地よく入ってきます。

琴の音色に癒されながら、小腹も満たし、心静かに一服することができました。

抹茶と和菓子でひと息

矢切の渡し

次は「矢切の渡し」まで足を延ばすことにしました。矢切の渡しは、年配者にとっては細川たかしの同名の演歌で馴染みの場所です。どのような風景か楽しみにしながら江戸川河川敷まで五分ほど散策をしました。

江戸川河川敷江戸川河川敷

江戸川の土手にのぼると一気に見晴らし良くなり空がひらけてきます。河原の広場からは少年野球の球音や子どもたちの元気な声が聞こえてきました。

この日は晴れていましたが風があったので、土手にはより強い風が吹き込んできます。思わずマフラーを締め直し、持っていた手袋をはめました。

ふと見ると、私たちより大分先輩のご夫婦が仲睦まじく手を繋いで歩いています。

ふと「つれて逃げてよ ついておいでよ」という演歌『矢切の渡し』の歌詞が口をついて出てきました。今まで歌詞の意味は気にもとめずに歌っていましたが、結構川幅も水量もある江戸川を渡って、二人で逃げて行くのは相当の覚悟が必要だっただろうと思われます。

手を繋いで仲良く河川敷を歩く老夫婦の、人生の来し方まであれこれと想像が膨らみ、思わずひとり笑いをしてしまいました。

矢切の渡し

矢切の渡しは、江戸時代に実際に江戸川を渡る移動手段として使われていたとのこと。今は観光用に、片道200円で運行しています。

旗が立っていると、運行可能。今日は対岸の船着場に立っている旗が見えるのでどうやら運行しているようです。

対岸は、千葉県松戸市。冬場ということ、思ったより風で波が荒く見えたこと。そんな条件も重なり、私たちは向こう岸に渡る覚悟がつかず、乗るのを断念して乗船した観光客を見送ることにしました。

渡し舟

夏きたら乗ろうねと、言い訳のように二人で話しました。近くに、『矢切の渡し』の歌碑も立っていました。

寅さん記念館

それから当初の目的だった「寅さん記念館」「山田洋次ミュージアム」に向かいました。

来た道を戻ると、何のことはない山本亭の向かい側の階段を上ったところが記念館の入り口でした。

記念館は江戸川の堤防を活用し、頑丈なコンクリートで作られた建物です。

階段を降りると左手に「山田洋次ミュージアム」があり、入場券を提示すると、係りの人が親切に、先に「寅さん記念館」を見てきた方がいいですよ、と教えてくれました。

こんなところにも下町の人情を感じ、ほっこりしました。

寅さん記念館葛飾柴又寅さん記念館 ©︎松竹(株)

寅さんの雪駄 葛飾柴又寅さん記念館 ©️松竹(株)

寅さん記念館の入り口には寅さんの雪駄が片方飾ってあります。そしてよく見ると、頭上には後ろ向きの寅さんが。あとで調べてみると、記念館の「館」の字を取り付けていたのだそうです。

寅さんのお茶目な感じが出ていて、その演出に心が和みます。

現代的な建物の外観とは裏腹に、記念館に一歩入るとそこはもう昭和レトロな世界。まずは寅さんの生い立ちがジオラマで紹介されてます。

葛飾柴又 寅さん記念館葛飾柴又寅さん記念館 ©️松竹(株)

ジオラマは小さな劇場のようで、ナレーションはさくら役の倍賞千恵子さん。寅さんが誕生して家出するまでが連作になっています。実は寅さんをあまり観ていなかった私も、寅さんがなぜさすらいの旅に出るようになったのかがよくわかり、すっかりその世界観に引き込まれてしまいました。

次のコーナーに進むと実際に映画で使われていた「くるまや(第40作からこの屋号を使用)」やタコ社長が経営する「朝日印刷所」などのセットが続きます。

葛飾柴又寅さん記念館©️松竹(株)

くるまやのセットでお店の椅子に座ってみると、本当にラムネや草だんごを注文したくなり、ふいに外から寅さんが帰ってきそうです。

奥に続く台所などは、私が小さい時に見た生活風景がそのままだったので、映画のセットというよりも、タイムスリップして昭和時代の我が家に紛れ込んだような気がしました。

そのほか昭和30年代頃の帝釈天の参道を再現したり、ジオラマのなかの寅さんを探すコーナーなど世代を超えて楽しめる企画もあり、寅さんを二人で夢中で探したりしました。

葛飾柴又寅さん記念館 ©︎松竹(株)

また、昔懐かしい鉄道の駅舎も再現。鈍行列車の客席や伝言板など、どれもその時代を知る人には涙が出そうなくらい懐かしいものばかり。最後には、寅さんの服や鞄、歴代マドンナの一覧やポスターなどが展示されていました。

ひとつのテーマと主人公で、映画の連作を50作も続けるということがどれほどすごいことか、監督はもとより多くのスタッフの並々ならぬ情熱の凄まじさを感じる展示でした。

監督やスタッフに思いが至ったところで展示は終了、出口を出るとそのまま「山田洋次ミュージアム」になります。先ほど係りの人が勧めてくださった順路に従ってよかったなと思いました。

「山田洋次ミュージアム」

この「山田洋次ミュージアム」は、『男はつらいよ』を始め、半世紀にわたって数々のヒット映画を生み出してきた山田洋次監督の作品と人生の軌跡を辿る博物館です。

ミュージアム入り口には山田洋次監督の胸像や直筆メッセージが綴られ、監督の映画に対する深い思いが語られていました。

山田洋次ミュージアム山田洋次ミュージアム ©︎松竹(株)

展示は『男はつらいよ』以外にも、『学校』シリーズや『幸福の黄色いハンカチ』、『たそがれ清兵衛』など作品の時系列に従って並べられ、それぞれのコーナーにパネルや台本などがありました。

また、ところどころコーナーの境にある柱には、監督の箴言が書かれていました。そのひとつひとつに監督の芸術や社会に対する哲学が現れていてその重みを感じました。

山田洋次ミュージアム ©︎松竹(株)

館内の中央には、35ミリ映写機のオブジェとフィルムなどが展示。私は機械のことはよくわかりませんが、大型の映写機やフィルム缶などを見ると、懐かしい昔の映画館の光景とともにフィルムの繋ぎ目の音まで思い出されます。

さらに山田洋次監督全作品の予告編を鑑賞できるスペースがあり、映画館のような座席に座って観ることができます。

私たちは『学校III』と『息子』の二本の予告編を観ました。予告編なのでわずか2〜3分なのですが、その世界にぐっと引き込まれ、映画はやはり劇場で観たいなと急に映画館に行きたくなってしまいました。

今度はぜひ劇場に行って、現在放映中の50作目『男はつらいよ』で山田監督と寅さんの世界に浸りたいと思います。

遅い昼食

すっかり映画を観たくなった私たちですが、その前にお腹がだいぶ空いてきたのに気づきました。

帝釈天の参道は一時半を回ってもますます混雑しています。草だんごだけはお土産に買って帰りたいと、帝釈天から一番近い「亀屋本舗」さんというお店に並んで買いました。

鰻屋さんやお蕎麦やさんは相変わらず混んでいましたが、参道入口の「船橋屋」さんというくず餅が名物の甘味処がちょうど空き始めていたので、そのお店に寄ることにしました。

二人とも深川風にゅうめんと混ぜご飯、くず餅がセットになっているランチを頼みました。

船橋屋のにゅうめんセット

にゅうめんはツルツルと喉越しが良く、意外にコシがしっかりしています。さっぱりしているのに出汁が濃く、あさりもたっぷり。混ぜご飯は彩りよく、錦糸卵にそぼろ、いくらも乗っています。

これだけでも結構お腹いっぱいでしたが、やはり甘味が欲しいところ。デザートに「船橋屋」の名物のくず餅が三切れ付いています。とろりとかけられた黒蜜も甘すぎず、歯切れの良いくず餅は口にもお腹にも優しい味わいでした。

遅い昼食でしたが、順番待ちすることもなく大満足のお昼ご飯。帰りは運動も兼ねて、京成高砂駅まで歩いて帰ることにしました。

柴又の駅前は次々と訪れる観光客で相変わらず賑わっていました。寅さんとさくらの銅像も新しい観光客で埋まっていました。

そんな駅前を尻目に、参道を少し外れるとびっくりするほど静かな住宅街でした。きっとこんなところにも隠れた穴場がありそうです。

今度また来るときは、そんな穴場を調べて、柴又めぐりをしたいね、といいながら京成高砂駅まで向かいました。